作品詳細
修業時代から長年お世話になっている大工さん一家のご自宅。住み手は棟梁と奥様そしてご長男である。
先代の苔原順二(こけはらじゅんじ)棟梁が1999年に立上げた(有)建築苔原さんは多くの建築家の方と手を携え、200軒を優に超える家づくりをして来られた。現在はご子息2人が棟梁の意を継ぎ仕事に励んでおられる。
お施主さんからの信頼厚く日々多忙を極める建築苔原さん、一家に腕利きの大工さんが3人もいながら自宅の屋根が雨漏りしようと構っている暇などなく、まさに紺屋の白袴よろしくである。とうとう棟梁の奥様の堪忍袋の緒が切れて…。なんともドラマチックに建て替え計画がスタートした。ご子息2人から「これまで建築苔原を陰で支えてくれたおふくろへの恩返しに…」と胸の内を告げられ、自分の母親の家を設計する思いで向き合った。
奥様の予てからのご要望は明るい台所。北側道路に面した1階下屋部分に台所を配置。上部のトップライトは真夏でも直射光は入らず、一年を通して安定したやさしい自然光のもとで台所仕事ができる。浴室も台所に近く、ご高齢で足の不自由な棟梁の日々のお世話を奥様が無理なくできる配置とした。仏間を兼ねた6畳の和室は、2人のお子さんがいる次男さんご一家が訪れた際の寝室にもなる。
2階は棟梁と奥様それぞれの寝室に加え、テラスと一体利用のできる内干し場を兼ねた洗濯室を配置。寝室前の廊下には着物も仕舞える幅2.7m、高さ2.2mの大きな衣類収納を設けた。3階はご長男の寝室と広めのテラス。独特の世界観と美学を持つご長男が自由に手を加えて使えるフレキシブルなスペースである。テラスでは次男さんのお子さん達がビニールプールで遊んだり、家族や友人とのんびり寛げる屋外リビングとして使える。
平入りの外観は、三重県鵜殿(うどの)村におられた棟梁のお母様が「栄える家は平入りの造りが多い」と生前語られていたとのお話を受けてのことである。今はお会いすることも叶わない方の思いまで取り入れられたら、どんなに素晴らしいことだろうと素直に思えた。
環境配慮の面ではパッシブな方法を基本としている。南北で異なる自然光の特徴を活かした採光計画、南側階段部分の煙突効果による各部屋の夏季の熱気排除、洗濯室を南面させることによる冬季の湿気対策・カビの抑制、屋根・外壁の通気層による室温上昇の緩和と木の構造体の耐久性向上を図ってる。また、尺間モデュールの採用・仕上材料の単一化により建設時に発生する廃材処分量・CO2量の抑制・工期短縮・コスト削減を試みている。
所在地 :埼玉県川口市
主要用途 :専用住宅
家族構成 :ご夫婦+ご長男
構造規模 :木造3階
敷地面積 :70.15㎡(21.22坪)
建築面積 :40.99㎡(12.40坪)
延床面積 :99.22㎡(30.01坪)
1階 :40.99㎡(12.40坪)
2階 :36.81㎡(11.13坪)
3階 :21.42㎡( 6.48坪)
部屋数 :7
設計・監理:atelier naka 空間計画
構造設計 :羽田野構造設計室
施工 :有限会社 建築苔原
写真 :atelier naka 空間計画
中平 充夫
atelier naka 空間計画
東京都
HP:https://atelier-naka.com/
住宅・店舗の設計、古民家・歴史的建造物のリノベーションに携わっております。
住宅設計において敷地環境の洞察と共に重要視しているのが個々の家族のヒストリーです。これまでの暮らしぶりを振り返り、これからの暮らしの在り方に思いを馳せる。少し先の未来も見据えたフレキシブルな個別解を住み手と共に探し出すこと、そしてそこに無理や無駄のないことが重要であると考えます。
嘗て家には、生命の誕生から終わりまでの全てを見届ける包容力がありましたがその在り様も時代とともに変わり、住み手のアイデンティティーのもととなる諸々の重要な行事は便利なサービスという形をとりながら徐々に玄関を出ていきました。結果、多くの家は個々の住み手にとってはなんら必然性のない商品化された箱としての性格を帯びたまま増殖を続けています。そのこと自体は単なる結果であって良し悪しの問題ではありません。しかし、人間の魂の安らぎの場であり支えともなるべきはずの家が簡単に消費されてしまう商品化された「スタイル」や「イメージ」ではあまりに頼りない。
時代に左右されず、時間を超えて住み手の思いと共に住み継がれていく強靭な家の在り様とは。その答えは少なくとも住み手の数だけあることは確かでしょう。