作品詳細
複雑なプログラムの集合住宅
元々、4人家族の弟世帯はこの地に建つ実家に、母と叔母2人と計7人の多世帯で同居していて、4人家族の兄世帯は別の場所に住んでいた。老朽化していた実家の建て替えを機に、新築住宅に兄世帯も同居することになり、計11人は程良い距離感を保つために規模が異なる4世帯に分かれつつ、賃貸住宅や賃貸事務所も併設するという複雑なプログラムの集合住宅を計画することになった。
兄世帯は高齢の母と同居するので駐車場に近い1階に、弟世帯は親族全員で共有するルーフテラスと連携しやすい3階に単身叔母2世帯とともに計画することにしたので、賃貸住宅や賃貸事務所は自ずと両者に挟まれた2階に配置されることになる。
ガイドとなる構造グリッド
敷地は東西接道方向に奥行きがあり南北に隣家が近接しているので、2階の賃貸部分はEV階段コアと1枚の界壁を真ん中にして、両接道面に開口しつつ東西に2分割され、一方、南北間口方向は3枚の界壁によって、EV階段コアのスパンに東西を貫くヴォイドを挿入しつつ、残りを3分割した3Mを賃貸の基準スパンにした。そのヴォイドは彫刻的造形の共用階段を正面に見る印象的なアプローチをつくり、共用部分に採光をもたらし、バルコニーを挿入することでファサードが洗濯物で埋まることを回避させ、外階段によって弟世帯とルーフテラスを繋ぐ、この集合住宅の基本的機能を支える重要な部分になっている。
壁式鉄筋コンクリート造による全体性の獲得
大きさの異なる多世帯住宅、単独世帯住宅、賃貸住宅、賃貸事務所、駐車場、アプローチなど複合的プログラムを持つ集合住宅は、まとまりのない計画になりがちであるが、壁式鉄筋コンクリート造によって、2階の都合で決められた厳格な構造グリッドを3層に渡り展開させ、且つ積極的に現すことで、外部においては東西とも秩序あるファサードになるだけでなく、現れる構造と間取りが焦点を結ぶまで相互に調整することで、内部においても、全体の構造的秩序が部分における有効な関係性をつくり出せると考えた。
構造グリッドの意匠的効果
壁式鉄筋コンクリート造は耐力壁とスラブのみで構成される構造形式で、ラーメン構造に比べれば壁量が多くなり、上下階で間取りが異なる場合や大きな間取りには向いていない。ここでは2階の都合で決められた4枚の界壁とコアを耐力壁にして、それを下階に延長して梁のような役割を担わせ、上階に延長して間仕切りにした。
1階のエントランスではコアから伸びる繰り返す構造グリッドのリズムが、エントランスや兄世帯廊下の奥行きを生み出し、玄関とLDKを視覚的に分節している。吹き抜けのあるアプローチや共用階段付近では組み上がる構造グリッドが空間を分節しつつ、より立体的に見せてくれる。兄世帯は3枚の界壁を南北に貫いているので、1枚の界壁がLDKと個室を分節し、残りの2枚が梁のように天井に現れ、東西方向にシンメトリーを南北方向に視覚的奥行きをつくっている。
2階においては4枚の界壁が各室や共用部分を分節するのは勿論のこと、南北短辺方向で不足する耐力壁は耐水性能が求められる水回りやキッチンに位置させて、同時にLDKと寝室が視覚的に分節されるようにした。賃貸事務所は将来、賃貸2住戸に変更出来るように耐力壁である界壁の上端や下端を露出させてある。
3階にある弟世帯は構造的負担が少ないが故、耐力壁はLDKとその他の分節、耐水性能が求められる浴室周りだけになっていて、東西に筒状に連続した空間になっている。
構造グリッドを前景化させるディテール
全体の構造的秩序による部分の有効な関係性を前景化させるために、各部のディテールと寸法調整、マテリアル選択は慎重に進められた。構造グリッドと間取りの分節をピタリと一致させたが故、繰り返し現れる構造グリッドは、耐力壁小口や床にある耐力壁上端はその他仕上げと同面にしつつ区別して、梁状に見える耐力壁下端と共にゲート状に見えるようにした。トンネル状の空間に現れる構造グリッドは、グリッド間を耐力壁小口と同面にしつつコンクリートと対照的な木仕上げなどにして、その繰り返すリズムによって奥行きを感じられるようにした。カーテンボックスや家具と取り合う構造グリッドは寸法がピタリと揃うように相互に寸法調整をした。
複合型集合住宅に秩序を与える
複合的プログラムを持つ集合住宅に、敢えて制約の多い壁式鉄筋コンクリート造を採用したのは、それによって構造と意匠の歩み寄りが必要になるからである。それは決して両者の妥協点を探ることではない。構造と意匠がピタリと焦点を結ぶまで検討し尽くすことの先に、構造と意匠の緊張関係が生まれ、互いを生き生きと存在させることが出来るのである。耐力壁を階を跨いで上下させることによる全体性の獲得は、複合型集合住宅の設計において汎用性のあるアイデアだと考えている。多世帯を包み込む集合住宅の場合、親族が集まれるルーフテラスや共有の吹き抜けアプローチ以外の各室においても、確かに一つの秩序の下に共に暮らしているという感覚を与えることが出来る。
浅利 幸男
ラブアーキテクチャー 一級建築士事務所
東京都
https://www.lovearchitecture.co.jp/
デザインは人間の感覚や感情に何らかの影響を及ぼそうとすることで、我々建築家は生物としての人間の性質を深く理解することが大切です。住まいの設計は建築の中で唯一、施主=個人への探究行為で、「本当に自分が住みたい家」は事前には良く分からなく、探究の結果、事後的に理解されるものなのです。
プランや機能を満足させることは当然の事だと考えていて、豊かな情緒や美しい佇まいをデザインすることを主眼としています。新築/リノベーション、専用住宅、別荘、賃貸又は店舗併用住宅、ゲストハウス等、日本全国で対応可能です。