作品詳細
リフォームとリノベーションの間
茨城県石岡市に建つ住宅、その一角にある少し草臥れた畳敷きの茶の間とキッチンダイニングのリノベーションをしたいという依頼があった。子どもが独立、ご主人の退職によって家で過ごす時間が多くなったことから、料理をするだけでなく料理をしながら夫婦の会話ができるようなレイアウトの調整を、という要望がはじめにあげられた。住宅の一部を子どもや孫が帰って来たときに皆でくつろげると同時に、日常使う夫婦にとっても居心地の良い空間へと改修したいという。
現地調査に伺うと、伝統構法で建てられた大きな平屋が彼らの持つ畑に囲まれて建っていた。自ら施工した配線や配管への愛着を語る夫や日常生活の様子を語る妻、そして居室を構成する真壁の穏やかな経年変化を前にして、ドラスティックな空間更新としての「リノベーション」をするのではなく、あるいは仕様や性能を更新するような「リフォーム」をするのではなく、今そこにある空気を紡ぐような「修繕」をしたいと考えた。極力元の仕上げをそのままに現すこと、必要に応じて新たに加えた部材や仕上げはエージング処理や色合わせなどをせずに用いること、そしてその差異を表現として用いないことによって、新旧の間の忖度を発生させずにリフォームとリノベーション*の間にある何かを拾い上げる。まるで細胞の新陳代謝の様に、古いものに新しいものが少しずつ重なりまた更に重なり、その場所の歴史は紡がれていく。
リビングとキッチンの間を仕切っていた垂れ壁や袖壁の除去、胴貫の跡が残る柱へ施した小さな埋木、テレビや電話機が無造作に置かれていた出窓を再利用したデイベッドベンチ、リビングと対面するアイランドカウンター、勝手口アプローチの緩やかなコンクリート階段、床下や外壁へ付加した断熱材といった要素・操作は、ささやかな修繕の寄せ集めかもしれないが、今まで紡いできた歴史の上に立つ現在、ひいてはその先にある未来との対話とも言える。建築家の陥りがちな、強いコンセプトや空間性の提示への強迫観念、それにも似た存在意義の探求は、そういった対話の先にあることを改めて思い知らされたプロジェクトであった。
怪我の功名
工務店の抱えている別の現場のトラブルやコロナ禍での工事、住みながらの工事ということで、9月着工11月竣工を予定していた工事は遅々として進まなかった。寒くなる前に工事を終わらせたいとのクライアントの希望に残念ながら応えられないこととなり、母屋に隣接している農作業用のカーポートを波板ポリカで囲い、撤去したキッチンカウンターを移設しすることで、一時的なLDKとすることとした。
最終的にLDKの工事が竣工したのは翌年の6月。中断を挟みながら最終的に工事期間は10ヶ月にも膨れることになった。怪我の功名ではあるが、その間にこの小さな小屋には新たな歴史が刻まれ、LDKの竣工後も農作業の合間にくつろぐための「はなれ」として機能している。クライアント夫婦は、変わらず敷地の傍らで農作物を育てながらこの場所で長閑やかに暮らしている。
* ここでは、日本の中古住宅市場での用法に倣い、主に劣化した設備や表面仕上げの更新をリフォーム、そして仕上げや設備、時には構造にまで踏み込んだ空間構成の刷新のことをリノベーションと定義している。
写真:千葉顕弥
井原 正揮 井原 佳代
株式会社ihrmk一級建築士事務所
東京都
HP:https://ihrmk.co.jp/
クライアントの考えや要望を丁寧に咀嚼・消化することで、様々な変化に耐え得る空間をつくること、それが建築家の最も重要な役割だと考えます。
本当に求めているものは何か、必要なものは何かを、お客様と私たちで見つけることができたら何よりの幸せです。